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今日はいつもより娘をぎゅっとぎゅっと抱きしめる

60年目の沖縄慰霊の日に思うこと。

 会津若松市の人口は約12万人。沖縄戦ではほぼその数と同じ一般の市民の人々が命を落としている(軍関係者、米人などを含めると犠牲者数は23万人以上)。そして悲しいことに、「米兵に殺されるよりは」「赤ん坊が泣くと敵に知れる」などの理由から、自らの手でわが子を殺めてしまった親たちがいる。

 小学校5年生のときに父の本棚から何冊かの沖縄戦についての書物(中でも写真集)を読んだとき、中学時代に「あぁ、ひめゆりの塔」の映画を観たときの衝撃は大きく、それ以後、私は沖縄戦についてどちらかというとしばらくの間、避けてきたように思える。「避けてはいけない」と思いつつ。

 朝日新聞の沖縄戦に関する特集記事を読み進めるたびに、私は娘をぎゅっとぎゅっと抱きしめる。娘の寝顔、屈託のない笑顔を見るたびに、思いっきりの泣き声を聞くたびに、わが子を手にかけなければならなかった親たちに思いを馳せる。
 辛い辛い体験を伝えることの難しさ。体験者の高齢化はかなり前からの問題でもある。戦争を知らない私たちは、体験者から話を聞いたり、その話をまとめた書物から知るしかない。辛い過去を思い出すその作業は想像以上に辛い苦しいことだろう。だからこそ、その声を受け止めなければと思う。
 子を授かったからか、私には以前よりはそういった話を受け止める覚悟ができたような気がする。そして、それは いずれ娘にも伝えなくてはと思うが、自分の経験上、戦争体験を伝えるタイミングは親として考えていかなくてはと思う(私自身、かなり戦争に対して積極的に本を読んだりした反動で、読みたくない、見たくないとなってしまった気がするからだ)。まだまだ先のことになるかもしれないが、そう遠くはない気もする。

 とにもかくにも、まだこの地球上から、戦争がなくなっていないのは事実だ。
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by peartree22 | 2005-06-23 16:02 | ひとりごと